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イタリアの天気 [イタリア関係]

世界的に異常気象が叫ばれる近年ですが、私がイタリアに滞在していた10年ほど前にはまだイタリアらしい気候が残っていました(私の滞在地は中部イタリアの標高300メートル程の小都市で、かつ6ヶ月程度であったことをはじめにお断りしておきたいと思います)。

初めてイタリアへ渡ったのが3月の下旬でした。それまでさほど外国旅行経験のない私は、その時期のヨーロッパの気候をあまり理解しておらず、日本と似てるだろうと勝手に考えて服装の準備をしていきました。しかし滞在地であるシエナではその年は、4月中旬の雨の後、冬からいきなり夏になってしまったように感じられました。イタリアは梅雨はないにしても、もう少しじわじわと夏に向かうのではないかという予想は全く外れてしまいました。その上凄いことにそのちょっとした4月の雨期の後、8月中旬の夏の終わりまで一回も雨が降ることなく、日本人である私には全くの驚きの体験でありました(ちなみにほとんど降水量がないと言われているアメリカ西海岸を旅行中、雨に降られたことはありましたが)。夏なら多少のにわか雨や雷雨というのが日本では一般的でしょう。ですから3ヶ月間以上一度も雨が降らないという体験はもう二度とできないのではないかと思われるほどある意味で感動的なものでした。
 
そしてもう一つビックリしたことは、突然の秋の訪れでありました。8月中旬の短い雨期の後、急に気温がぐっと下がり秋が始まるのです。日本ではこの時期まだまだ暑い日が続くのですが、イタリアでは季節が変わります。ある意味季節がじわじわ変化する日本の気候に慣れてしまっているので、この急激な変化には正直ついていくことができませんでした(この時期のイタリアは3回経験しているのですが、だいたいいつもこの頃に風邪を引くか体調を壊していました)。すなわち空は秋空になり、風は冷たくなるのです。そして残念ながらいつも9月下旬頃日本に帰国しているので、この後の早秋・晩秋から冬への季節の変化は全く未体験です。聞くところによるとそれは春から夏への変化よりも感動的だそうです。機会があればクリスマスの時期とともにぜひ晩秋をイタリアで過ごしてみたいと思っています。

現在では、常夏のハワイと同様にイタリアも我々の大好きな海外観光地になりました。それぞれの季節のイタリアもとても素晴らしいものなのですが、日本では経験することができない地中海性気候の季節の変わり目を体験することもまた非常に興味深いのではないかと思います。

ではまた。

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イタリアの犬と猫 [イタリア関係]

日本は現在空前のペットブームといわれていますがイタリア人も我々と同様、犬・ネコは大好きです。中心街に行けばよく犬を連れている人を見かけますし、また住宅街へ行けば首輪をつけたネコを見かけます。日本でも野良犬は最近ではめったに見ることもなくなり、そして同様にイタリアでも野良犬・野良猫はよほど郊外へ行かない限り見ることはありません。もちろん飼い主に対して日本より格段にきびしい法律を課していることが一因ではありましょうが。
 
ところでイタリアの犬達を見てとても驚いたことがあります。それは全く見たことがないような犬種の犬達がうようよいることでした。もちろんイタリアにも「流行りの犬種」というものが存在しますが、それにしてもあの多様ぶりには「ペット大国」の称号を与えてもいいのではないかと思うほどです。現在わが街でよく見る犬種といえば、ミニチュアダックス、チワワ、シーズー、トイプードル、中型犬では、ゴールデンレトリーバー、ラブラドールくらいですが、滞在していたシエナでは、人口がわが街の十分の一以下にもかかわらず物凄い種類の犬達を見かけたのでした。一例をあげると、ニューファンドランドから始まり、今では日本の街で全く見かけることがなくなったシェパード、そしてボクサーやバーニーズマウンテンドックなどでありました。極めつけは、当地では珍しくはないのですが自分にとっては超レアな犬種である、マレンマーシープドックを発見したことでした。感動のあまりマレンマー犬を家へ連れて帰ろうかと出来もしないことを思いつき、ペットショップでどのくらいするのかと聞いてみたら、ゼロが一つ違うのではないかと思うほど安かったことを覚えています。もし日本で探したのなら何十倍もすることでしょう。またシエナでは小型犬は日本に比べてあまり見かけませんでした。散歩に連れていく必要がないからか、目立たないから気が付かなかったのかはわかりませんがネコの方が頭数的には多かったように思います。
 
そしてイタリア人にとってもネコは犬同様に大好きなペットであると思います。世の中は犬好きとネコ好きに別れているとよく言われていますが(ちなみに私はネコは飼ったことがありませんが両方好きです)、イタリアも同様に別れているように思えるのです。あまり犬を見かけないなあと思うとネコがたくさんいたり、その逆もありました。シエナのような小都市ですから例として適当かどうかわかりませんが、やはり中心街へ行けば行くほど犬に比べてネコの頭数が増えていくように感じられました。そしてとても驚いたのが、ネコに10メーターほどのひもをつけて飼っているのを目撃した時でした。遠くからそのネコを見つけた時には、最初「小さくて変わったまるっこい犬がいるなあ」と思い、近づいてよく見たらそれは日本でもよく見かけるような種類のネコにひもを付けて扉の近くに括ってあったのでした。もちろんそのままずっと飼っているわけではないとは思うのですが、とにかくその発想といか、その行動力にはただただ驚いてしまったのでした。

このようにイタリア人達も(イギリス人には及ばないにしても)我々と同様かそれ以上に、犬・ネコ好きと言えると思います。多種多様な犬やネコをイタリアでは見かけることができる以上に、ペットに対してまだまだ我々とは全く違った考えをイタリア人達は持っているのだと思います。日本在住のイタリア人達に聞いてみるもよし、イタリア旅行の際に観察してみるのもよし、犬・ネコを通してさえもイタリア人の本質を探究することができるような気がします。

ではまた。

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イタリアの海 [イタリア関係]

今回は少々季節外れの気がしますが、イタリアの「海」についてお話しいたいと思います。

イタリアも我が国同様海に囲まれた多くの地域が存在します(彼の地は島国ではなくヨーロッパ大陸に北部でつながってはいますが)。我が国で誰もが納得できる美しい海を探そうとすると沖縄をはじめとする南方の島々にしか残念ながら見つけることはできません。

一方イタリアはどうでしょうか。リミニをはじめ有名な海水浴場は星の数程存在します。
また海の色の美しさと言えばナポリ近郊の「青の洞窟」が有名です。
しかし近年高級リゾートとしてその名を世界に轟かせているはサルデーニャ島の海岸にある「コスタ・ズメラルダ」であります。強引に訳すとエメラルド海岸と言えばいいのでしょうか。
その海岸には常時超豪華なクルーザーが多数停泊し、まるでモナコかと錯覚する程だと言われます。
また噂では、ある海岸に近づこうとするとどこからともなくやって来たモータボートに侵入を必ず阻止される、という場所もあるそうです。

残念ながらこのような素晴らしい海岸には全く縁のない自分ですが、一度だけイタリア人の(というよりもヨーロッパ人の)夏のバカンスを体験したことがあリました。

10年程前になりますが、知り合いの家族がラヴェンナ郊外のチェルヴィアという小さな海沿いの街に別荘を持っていてそこへお邪魔しましたが、あまりにも大人数で訪問してしまったため近くのペンスィオーネに滞在を余儀なくされました。それはそれで楽しかったのですが…。
そのペンスィオーネはもちろん高級ホテルではありません。しかし宿泊客の人々はかなり裕福そうな方々でありました。思うに彼らはかなりの長期滞在を目的としてこの宿を選んでいるのでありましょう。
そしてこの地でほんの数日ではありましたが、イタリア人式ヴァカンスを堪能することができました。

それはだいたいこのような感じであります。
まず朝は結構遅い時間まで眠り、軽い朝食をとって海に向かいます。
昼食の時間まで泳いだり、日光浴をしたりしてのんびりと過ごすのです。
その後遅めの昼食を取り昼寝をし、また海に戻り日が暮れるまでゆったりとした時間を過ごすのです。

そして夕食の後に一日の第二の(人によっては第一の)イベントが始まります。
着飾る人、リゾート丸出しの人等思い思いの服装で夜の街にくり出すのです。
自分が滞在していた街は本当に小さな街でありましたが、日中は一体どこに隠れていたのかと思う程多くの人々が道に溢れていました。
大きなクラブで踊る人々、ルナ・パーク(移動式遊園地)で遊ぶ人々、そして単にブラブラしている人々など各人が各々の夜を楽しんでいました。
ほとんどのお店が早朝まで営業しているため午前2時、3時でもまだまだ夜はこれから、という感じでありました。
こうして夜を十分満喫した後、またゆっくりと次の一日が始まってゆくのです。

このような体験は一度しかありませんが、もし毎年できたならどれほど楽しく、また肉体的にも精神的にもリラックスできるかと想像するだけで楽しくなってしまいますね。

我々も観光地巡りばかりではなく、たまにはイタリア式ヴァカンスを短期間でも過ごしてみると新しい自分が発見できるかもしれませんね。

では。

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イタリアの教会 [イタリア関係]

イタリアには無数の教会があります。世界的に有名な教会から、既に朽ち果ててしまっているものまで合わせると数万ケ所に及ぶ勢いではないでしょうか。その中で有名なところはガイドブックに任せるとして、どう見ても地元住民しか知らないのではないかと思われる教会を紹介したいと思います。
 
それはピサの教会です。ピサといえば誰でもドゥオモ広場にある「斜塔」が思い浮かぶでしょう。ピサ駅から別に特徴のないイタリアの中規模の街を通り抜け、突然あらわれる緑の芝生に覆われた広場を見れば誰でも確かに感動します。特にキリスト教の教会とはあまり縁のない我々ならなおさらです。しかしこの超有名なカンパニーレを紹介しても芸がありませんので、私はヴィアレジョに滞在していたあるイギリス人から紹介してもらった「もう一つのピサの斜塔」を紹介したいと思います。
 
それはドゥオモ広場とは全く違い、アルノ川沿いの小さな教会に併設されていました。ルンガノ・メディチェオ通りから川沿いに徒歩で小一時間上ってゆくと左手に、外見は別にどうということのない小さな傾いた(というよりも崩壊し始めているように見えた)教会があり、そこに10メートルほどのカンパニーレがありました。そのイギリス人によるとまさにこれが「ピサの第二の斜塔」(地元のピサ人達がどう呼んでいるかは残念ながら未確認ですが)であると主張していたのでした。
いったい中はどうなっているのかと思い教会に入ってみると修復中のようでしたが、私には崩壊しないように何とか補強しているようにとしか見えませんでした。内部は50㎡ほどの広さで、教会の常としての十字架があるだけで壁面にはフレスコ画のような装飾などは全くなく、その様が涙を誘うほどでした。
ドゥオモ広場の斜塔といいこの教会の斜塔といい詳しいことは全くわかりませんが、どうもピサ市街地の地質が関係しているように思われます。アルノ川が運び、堆積した土壌が柔らかいからかもしれません。
 
今回紹介した教会は、単なる一つの取るに足らない教会でしょうが、しかしイタリアにはまだまだガイド本には紹介されていない素晴らしい教会が無数に存在するのです。
サン・ガルガーノの廃虚となってしまった教会、モンタルチーノ郊外にある教会など挙げればきりがないほどです。イタリアの大都市の素晴らしい教会を巡ることも興味深いのですが、地方のうらぶれた教会の誰も知らない素晴らしい宝を探す旅もまた一興ではないかと思います。

ではまた。

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イタリアのレストラン [イタリア関係]

 イタリアには当然ながらイタリア料理を専門にする無数の料理店があります。上は「超」が三つも四つもつくような高級なレストランから、とてもお手軽に食事ができるターボラ・カルダまで多種・多様なお食事何処が存在します。個人的にはイタリア料理は最も好きな料理の部類に入るのですが、残念ながらみなさんに紹介できるようなレストランには行ったことはありません。しかしレストランで、普段あまりお目にかからない体験をしたことがありますので、そのことをお話したいと思います。

 1998年の3月、3年ぶりにイタリアを訪れました。知り合いの紹介で身分不相応でしたが、ポンテ・ヴェッキオのたもとにあるホテルに破格の価格で宿泊することができました。その旅はモンツァ、ジェノヴァ、シエナと周り、フィレンツェが旅の最終目的地でしたので、最後に美術館や街をゆっくり巡りこのイタリア旅行を締めくくろうと思っていました。夕食の時間が近づき、旅の記念にとホテルのフロントでレストランを紹介してもらいました。そこはサン・スピリト広場に面しているところでした。いつものことながら空腹のため、イタリア人の平均的な夕食時間より1時間ほど早く到着しましたので、観光客が多いフィレンツェであってもまだ食事をしている人はほとんどいませんでした。そして席に着くとすぐにイタリア人と思われる女性もまた同じ席に案内されてきました。自分は気がつきませんでしたが店の人曰く、私の後ろにいたので一緒に来たと思ったらしかったのです。少々気まずい雰囲気になりましたが、成りゆきでそのままその女性と一緒に食事をすることになりました。イタリア語が多少話せるとはいえ、初対面のイタリア人女性と2人きりで食事をするような機会は初めてでしたが、これもまた旅の愉しみと割り切って彼女と話しを始めました。するとなんという偶然か、彼女はヴェネツィア東洋大学で日本語を学び、日本にも数回来たことがあるということでした。これを聞いて何か肩の荷が降りたような気持ちになり、一気に緊張がとけました。日本語で話したい様子でしたがここはイタリアだからと私が強引にイタリア語で話し続けました。彼女は大学を卒業後、日本関係の企業には就職することなく地元の企業に就職し、出張でこのフィレンツェに来たと言っていました。そして食事も終わり一緒に店を出ました。まだ早い時間でしたのでバールでも行こうかと誘ったのですが、明日早いからとやんわりと断られてしまいました。仕方なく当たり障りのない話をしながら、彼女が滞在していたホテル近くのサンタ・トリニータ橋まで送って行きそこで別れました。
 
 今となっては彼女の名前も顔も覚えていません。そして当然、住所など知りません。元気に過ごしていることを願うだけですが、しかし彼女との出来事だけはたぶん一生忘れないでしょう。とりたてて言うことのない普通の生活を送っている私でも、こんな映画のような経験をすることができるなんて、人生はまんざら捨てたものではないですね。


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イタリアのホテルでの出来事 [イタリア関係]

 イタリア旅行で人様に自慢できるホテルに泊まったことはほとんどありません。だいたい三ツ星までのありきたりのホテルばかりです。しかしこんな私でも数回かは心に残る出来事があり、そのことをお話しましょう。
 初めてヴェネツィアに行った時のことです。ヴェネツィアの街の不可思議さにまいってしまい小道をうろうろしていました。もちろん細かい情報もない私は、5月というハイシーズンも手伝ってヴェネツィア島に宿泊することもできなく、泣く泣くリド島にホテルを取りました。しかしまるでその失望を払拭するかのような船の上からの風景に感動していました。御存じのとおり5月のイタリアは素晴らしく、一年の中でたぶん最も美しい季節だからです。水面に織りなす光と幻想的な建物との調和でくらくらするほどでした。それはそれで十分感動的な風景でしたが、しかしこれから述べる光景を見てしまった私にはもう普通の風景になってしまいました。それは知り合いに連れていってもらったあるホテルの最上階のテラスから見たヴェネツィアの風景でした。やや霧がかかったサン・マルコ運河の向こうにはサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会が午前の柔らかな日ざしの中にまさに浮んでいました。その上テラスは山のような花々で飾られ、ただでさえ幻想的な雰囲気をより一層高めていました。もう10年以上も前の出来事なのですが、今でも鮮明に思い出せるほど感動的な体験でありました。いつの日か私もそのテラスで朝食を取ってみたいものだ、と思っています。
 そしてもう一つは、フィレンツェでの出来事でした。フィレンツェは場所にもよりますが残念ながらヴェネツィアほど風光明美な街ではありません。あるイタリア人建築家は「街が近代的すぎて美しくない」と言ってました。確かにと思う反面、私には十分美しい街だと思われるのですが・・・。そんな街フィレンツェでの出来事です。それは7月でありましたが、ヴェネツィアと同様に空室のあるホテルは見つからず、藁にも縋る思いで電話をかけまくっていました。私にはかなり高かったのですが、やっとあるホテルが見つかりました。それは中心街からは少々はずれている(ドゥオモまで歩いて20分程)場所で、普通の住宅街にありました。そして宿泊する当日そのホテルへ向かい、その玄関を見て少々引いてしまいました。余りにも高級感あふれ、自分の宿泊するようなところではないように思われたからです。その上部屋に入ると、その大きさとバスタブの大きさには正直たまげてしまいました。部屋は体験したことのないような広さですし、バスタブは映画の中でしか観たことのないような大きさでした。日本でこのような部屋に泊まろうとしたら5倍、いや10倍の料金が必要でしょう。内心予約した金額で宿泊できるのかドキドキでしたが、何も問題はありませんでした。全く気分はハリウッドスターのようでした。二泊しただけですが、こんな体験はもうニ度とできないでしょう。ちなみにこのフィレンツェのホテルは、ミシュランガイドでずっとお薦めのホテルになっています。もしフィレンツェでハリウッド気分に浸りたい時にはぜひ宿泊してみて下さい。

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Genova [イタリア関係]

先日「Giorni e nuvole」という題名の映画を見ました。

内容も良かったのですが,舞台となった晩秋のジェノヴァの風景が最高です。

何とも言えない雰囲気を漂わせています。

もう一度いきたくなりました。

では。

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イタリアのトイレ [イタリア関係]

 イタリアでのトイレについての思い出は数えきれないほどあります。例えば大都市に行けば行くほど、ほとんどの公衆トイレが故障していること、またバールでも自由にトイレには入れないということ、そして駅に多くある変わった形状をしたトイレなど、思い出したらきりがありません。そのような無数のトイレの思い出の中でも、イタリアに行ってすぐに体験した思い出を紹介したいと思います。

 私の体験をお話する前にイタリアの「トイレ事情」について少々お話したいと思います。10年ほど前のイタリアでは無料のトイレを探すことはとても大変でした。まず第一に無料公衆トイレの絶対数が日本に比べて極端に少なかったからでした。大都市も地方の小都市もそれほどの違いはないように感じました。仕方なくバールに入ったとしても何かを購入するか、飲み物を注文しなければなりませんでしたので結局有料トイレと同じになってしまうのです。そしてまた幸運にも公衆トイレを見つけたとしても入り口にはおばさんか、おじさんが鎮座しています。その上には・・・500リラと書いてあるではありませんか。しばらくするとなんとか慣れましたが、イタリアに渡った最初の頃にはなかなかこのシステムに馴染めませんでした。その上、高級な場所になればなるほどトイレの入り口には身なりの良い方がニコッと微笑んでいますので、どうしてもチップの金額を上げざるをえませんでした。不本意ながら一度某所で2000リラほど支払った記憶があります・・・。
 
 それでは私の体験をお話しましょう。イタリアに渡ってすぐイタリア人の友人の家に行った時のことです。ごく一般的な集合住宅のワンフロアーでしたがそのトイレに入ってびっくりしてしまいました。トイレの装飾された白いタイルの輝き方が尋常ではなかったからです。顔が映るのではないかと思われるほど磨きあげられていました。以前イタリア人は家の掃除に半端ではないこだわりを持っていると聞いたことがありましたが、これほどとは知りませんでした。日本の高級ホテルのトイレよりも何倍も清潔感が感じられました。もちろん白という色彩とカルチャーショックが影響していたとは思いますが、何か非日常的な空間に迷い込んだような気になり、そこでしばらくボーッとしてから日常に戻ってゆきました。
 このような驚きから始まったイタリア滞在を通して、公衆トイレ、ホテルのトイレ、そして一般家庭のトイレをある程度見て個人的に感じたことは、イタリアの標準的なトイレ空間は我が国のものと比べてみても(空間の大小と設備の違いを考慮しても)とても個性があり、落ち着ける空間が多いように思われます。みなさんもイタリアの素晴らしい風景を大いに堪能するとともにちょっとトイレ空間を観察してみれば、イタリアやイタリア人のまだ知らない一面を発見できるのではないでしょうか。

ではまた。


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バグパイプはイタリア発祥! [イタリア関係]

バグパイプの発祥はイタリアだとは知りませんでした。

その名は「ザンポーニャ(le zampogne)」と言います。起源は古代ローマ時代に遡り,

皇帝ネロがブリタニア制圧の時に持参し,それがイギリス、スコットランドに残り今に続いているそうです。

本当に驚きです。僕は逆だと思っていましたので。

では。

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シエナで出会った多くの犬たち [イタリア関係]

 今、街に出かければ当たり前のように多くの犬に出会うことができます。この10年間で確実にその数は増えてゆきました。私が子供の頃には、これほど頻繁に犬達とは出会うことはありませんでした。たまに道で犬に出会うと珍しがってよくじろじろ見たものでした。というのも私の記憶では犬との出合いは現在よりももっと少なかったのですが、今では全く見かけなくなってしまった珍しい犬達との出合いがあったように思われるからです。ですが現在ではミックス達を除けは、出会う犬達の種類が限られてしまっているように思えることが残念でなりません。
 
 10年ほど前、イタリア語を習うためにトスカーナのシエナという小都市に滞在していました。そこは人口4万人ほどで自分の住んでいる街の10分の1ほどの規模でしたが、本当に多くの犬達と出会うことができました。下宿から学校まで歩いて30分ほどの道程でしたが、毎回必ず2、3匹の犬達とすれ違っていました。多い時には10数頭と出会うこともありました。またなぜこれほどに犬達のことを覚えているのかというと、出会う犬にたちが日本ではほとんどお目にかかったことのない種類ばかりだったからです。シエナの住民達には当たり前になってしまっているのかもしれませんが、私にとってはニューファンドランド、マレンマーシープドッグ、そしてバーニーズマウンテンドッグなどその他犬種もわからない犬達に出会うことが毎日可能だったわけで、犬好きな私としては本当に楽しかったことを覚えています。それに加えその犬達の様子がどうも自分の考えていた犬と人間との関係とは大きくかけ離れていたのでした。普通、人間が犬に対して意識をすると好意を持つか敵意を持つかは別にして、人間に対して多少なりとも関心を向けると考えていたのですが、しかしシエナで出会ったほとんどの犬達は自分に対してというよりも他人に対してほとんど関心を持っていないように思われたのでした。もちろん私が彼ら犬達にとって興味のないものであったからかもしれませんが(もしそうだとしたのなら非常に悲しいことなのですが)、こんな経験は日本では全くしたことがありませんでした。特に印象として残っているのが、友人が大きなシェパードの背中を通りすがりに撫でても全く無視していたことでした。日本でもし同じことをしたら一体どうなるか興味が湧くところです。
 
 それにしてもどうしてこのシエナ(というよりもヨーロッパ)ではこのようなことが可能なのでしょうか。その理由の一つには、我々とは違った飼い主と犬達との関係があるのではないかと思われるのです。その理由を求める前に、ヨーロッパの人々に染みわたっているキリスト教的思考について少々考えてみたいと思います。キリスト教において一番大切な関係というものは人間と神との直接的な関係であると思われます。すなわち個人が神と交わした契約ではないでしょうか。従って犬達と飼い主との関係も彼らにとってはこのキリスト教的考え方の上に成り立っているため、一番大切な関係は飼い主(神)と犬達(個人)という図式になるのではないでしょうか。しかしながら我々は異なった考え方を持っているので、やはり犬達との関係も必然的に彼らとは異なってくるのです。シエナで出会った犬達はある意味でいえば関心があるのは飼い主だけで、最大限でも飼い主とその家族だけなのです。従って、もしいくら外からちょっかいを出しても犬達にとってはどうでもいいこととなり、それに対して興味を全く持たないのではないでしょうか。ですからどちらかというと我が国にいる犬達の方が愛想が良いと言えるかもしれません。その上、芸をする犬達は賢いという認識を我々は持っているためそれらを教えようとしがちではないでしょうか。しかしながらイタリア(ヨーロッパ)では、特殊な場合を除いて躾として「おすわり」、「待て」、「静かに」を教えるだけだと聞いたことがあります。

 このように異国での犬達との交流とはまで言えないまでも、その暮らしぶりや彼らと飼い主達との関係を異邦人として眺めるだけでも私としては得るものが大きかったように感じます。犬種さえわからないような犬達との出合い、犬達と飼い主達との関係から当地の人々の考え方の一部が理解できたことなど、いろいろなことを学ぶことが可能であったように思えます。みなさんもちょっと視点を変えるだけで、大好きな犬との交流を通して思いもよらなかったことが体験できるのではないでしょうか。

では。
 
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