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イタリアのお城事情 [イタリア関係]


 ヨーロッパのお城といえば、ドイツを中心とする地域に多数現存している、川沿いの尖塔のあるお城をイメージする方も多いと思います。しかしながらお城には日本に存在するものと同様にその地域性や、歴史性が色濃く反映しているのです。ドイツ以東は上記のようなお城が多いように思われますが、フランスイギリスではどちらかというとウインザー城のような平地に建設されたお城が多いように感じます。それではイタリアでは一体どうなっているのでしょうか。少々考えてみたいと思います。

 イタリアのお城について問われた時、私が一番に思いつくお城といえばプ−リア地方にある、カステル・デル・モンテ(モンテ城)であります。残念ながら実際に訪れたことはありませんのでその写真と資料からしか推測することしかできませんが、八角形をしたその風貌だけでもドキッとしてしまいます。また訪れた人の話によると、丘の頂上から周りをとりまく平野を見下ろしているその姿を目にするだけで感動を誘うほどの美しさであるとのことです。高さ24メーターの隅塔を8塔配した八角形プランのこのお城は、1240年頃フリードリッヒ二世によって建てられたのでした。
 そしてイタリアのその他のお城として有名なのはミラノ公代々の住居であったスフォルツァ城や、135年に皇帝ハドリアヌスとその家族の霊廟として建設され、その後教皇の生活の場となったローマのサンタンジェロ城ではないでしょうか。これらのお城も現在ではイギリスのウインザー城同様、美術館等に改築され人々を楽しませているのです。
 またイタリアのお城を考えてみる場合、我が国におけるお城の概念と彼らのそれとがかなり異なっているように思われます。両国ともお城には、領主などその近隣を支配している重要人物等の住居としての役割、そして自分達の身を守るための防衛と権力の象徴のような意味合いがありました。しかしながらイタリアは我が国よりも早く封建制から都市国家制へと移行しましたので、どちらかというと人々にとっては領主よりも自分達の生活の場である都市に重点を置いていたように思われます。したがってかつて多くのイタリアの都市に見られたように、領主は自分の宮殿に住み都市を外敵から守るために城壁を建設せざるを得なかったのではないでしょうか。すると結果として都市自体が我々の考えるお城の役割を果たすことになったように思われるのです。ですからイタリアには多くの城壁は残っていても、我々の考えるお城といわれる建造物自体は、ほとんど現存していないのではないでしょうか。

 上述したモンテ城のようなイタリアの数少ないお城を訪れることも興味深いのですが、イタリアの小都市の城壁(例えばルッカの城壁など)を探索し、当時の小都市市民の生活に思いを馳せることも旅の楽しいひとときではないかと思います。

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極私的旅行記  札幌編  雪、そしてお土産 [旅行]

 先日の札幌滞在は短いものでした。本来なら最低でも一週間は滞在したかったのですが…。
その中の1日,札幌探索を考えていました。事前にいろいろと構想を練っていました。北大周辺,北大植物園,そしてモエレ沼公園等々。しかし、Mちゃん曰く「この時期のモエレ沼公園は真っ白の吹きっさらしよ」の一言で、新緑の季節へと先送り。また、植物園好きの私としては必見の北大植物園も11月から閉館。従ってこの訪問も先送り。そして最後の頼みの綱である,北大周辺散策へと意気込んで出発したのでした。

 せっかくの札幌滞在だから地下街を歩くより,町並みや街の雰囲気を味わおうとそれほど寒さを感じない地上を歩いていました。多少の雪は大丈夫と高をくくっていたのが大きな間違いでした。狸小路周辺から出発し,大通り公園周辺に近づいたらすでに立派な吹雪となっていました。それでも「まだまだ」と自分に言い聞かせて北大へと向かいました。しかし、赤れんが周辺に到達したら吹雪が未体験の「猛吹雪」と化していたのです。
私も雪は別に珍しい地方に住んでいるわけでもなく,我が地方の北部は豪雪地帯です。吹雪の中で歩いたり,その中で車の運転をしたこともあります。ですがそんな考えを容易に覆す程の猛吹雪、いやもはや「ブリザード」ともいうべき状態になっていたのです。そこにものの5分も立ちすくんでいたら,雪だるまになってしまうほどでした。吹雪で3メーター先の信号が見えないのです,これには鈍感な私でも本当に度肝を抜かれました。テレビの中では見かけたことはありましたが,まさかこの札幌でこんな状態を体験するとは思いもよりませんでした。しかしこのときに降っていた雪の結晶には感動しました。今まで私が知っていた雪の結晶とはいったいなんだったのでしょうか?この札幌の雪は,自分としては「極小の雹」のように感じました。私の地方では,雪の結晶はもっと湿り気が多くどちらかというと透明に近いのです。ですがここ札幌の雪の結晶は本当に白いのです。それとももしかすると本当の雹だったのでしょうか?
スキーをしない私ですが,北海道の雪は本州のそれとは根本的に違うということがわかりました。オーストラリアの人々がこちらの雪を絶賛されていることが,わずかながら理解できたように思えます。
この出来事ですっかり札幌探索の出ばなをくじかれ,意気消沈してしまった気持ちを立て直すためにお茶をすることとしました。ここでも自分の認識の甘さを反省することしきりでした。
この出来事で,北大散策から札幌中心街町並み拝見へと模様替えし中心街をうろついたのでした。私のような地方出身者には日頃感じられない大都市の「シュとした」雰囲気を十分に堪能させてもらいました。
Grazie mille per la bellezza e la gentilezza della Sapporo !

 この私の札幌でのすばらしい体験を家族に少しでも共有してもらおうとお土産を買いました。
まず、二条市場で毛ガニとタラバガニを購入しました。自宅に宅配してもらいいただきました。これらのかにの味が誠に絶品で家族全員大満足でありました。
次には大好きなお菓子であります。Mちゃんのお薦めである「マルセバターサンド」,「ロイズ 生チョコレート」そして「白い恋人」を買いました。
「マルセバターサンド」はそのビスケットの柔らかさと,ホワイトチョコレート,レーズンが醸し出すえも言われぬ高級感に酔いしれました。
「ロイズ 生チョコレート」は種類が多かったのですが好みであるビターにしました。チョコレートは大好きですが,この生チョコレートはまた味わいが格別ですね。ブランデーとの調和が絶品です。
最後に「白い恋人」です。このお菓子は北海道のお土産の定番といわれますが,そのビスケットとチョコレートの作り出す味覚はすばらしいですね。
知る人ぞ知る本家本元,元祖家元ノースプレインファームの「生キャラメル」。口の中に入れるとさっと解けて、口いっぱいにおいしさが広がります。日頃あまりキャラメル類は口にしない私でも、毎日食べたくなるこの味には脱帽です(写真には映っていませんが)。
「夕張メロンゼリー」を購入するのを忘れてしまいました。次回新緑の季節に期待ですね。

 短期間ではありましたがこの札幌滞在は,長期間忘れていたものを取り戻すとともに自分の人生においても大きな転換点となる旅でありました。今までいろいろな国々を旅してきましたが,これほど自分にとって価値のある旅は正直初めてでありました。
道民の方々と,北海道の自然,そして忙しい中いろいろと骨折りしてもらったMちゃん、本当にありがとうございました。Mi sono veramente emozionato !!! Vi ringrazio tanto di cuore !!!
道民の皆様、今後ともよろしくお願い致します。

ではまた近いうちに。Salve!


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極私的旅行記  札幌編  風景と町並み [旅行]

暖冬が猛威を振るっている本州から北海道へ空路入りました。
北海道に初上陸でしたが、到着寸前の風景からもう打ちのめされました。
かなりの積雪があることにも感動しましたが,それよりもその風景のたたずまいに身震いする程心動かされたのでした。その風景は,雪があることを除いてまさに私の理想郷に一つであるイギリスの「ヒースロー空港」と見間違うものだったからです。
近年我が国では諸事情により大きければ大きい程、海に近い空港が数多く建設されています。空港に向かうのでしたら美しい風景になりえますが,しかし到着することを考えると少々趣きを欠いているように思われるのす。なぜならその土地の特徴を感じることができないからです。

そのように気分が高揚したまま札幌駅へ向かいました。またその車窓の風景が私の北海道への思いを完璧に決定付けたのでした。札幌在住のMちゃんは「空港から札幌までの風景はただ広いだけでしょ」と言いましたが,私は「全然そんなことはないよ」と言いたいです。
白樺の林の横に広がる雪景色。これを見た瞬間、Coldplay の「Viva la vida 」と「 Lovers in Japan 」が私の脳の中で奏で始め、そして遂に私の「理想郷認定スイッチ」がオンになったのです。
風景のみの美しさではなく,そのえも言われぬ雰囲気におおいに心惹かれたのでした。
また前回述べたような、当地の人々の心に染み渡る「温かさ」とともに、もうこれからイタリア、イギリス同様、北海道がなくては人生は謳歌できなくなってしまいました。もっと早くにこの地を訪れていたら、現在とは全く異なる別の人生を送っていたのかもしれません。

そして札幌到着です。到着が午後3時とちょうど一休みするにはぴったりの時間でした。Mちゃんとの約束の時間までお茶でもしようと大通り駅近辺をうろついた後,ガイドブックの地図を見ながら明日の予定を考えていました。そのときにはなぜか理由はわかりませんが,初めて訪れた街では必ず感じるある種の疎外感がこの札幌の街ではあまり感じなかったのです。たぶん道民の人々の温かさがそれを緩和しているのだろうと何となく考えていましたが。
しかし再会したMちゃんの一言「札幌の街って名古屋の街に似てるって聞いたけど…」で突然その謎が解けたのでした。地図をひもとくまでもなく,まさに札幌の町並みは名古屋の中心街の町並みに非常に良く似ているではありませんか。テレビ塔,テレビ塔まで続く緑化された大通り,地下街、地下鉄・JRの駅に隣接する百貨街,屋上に観覧車のある建物,そして直交する道路等であります。極端な話,名古屋駅と栄の距離を半減し時計回りに90度回転させればそれは札幌の街とそっくりになるように思えるのです…。
ですから自分に慣れた街である名古屋の街の面影をこの札幌の街に感じ取った故に、あの「疎外感」を感じなかったのでありましょう。

ここで個人的感想をひとつ。自分としては人口100万を超える大都市でありながら,イタリアの地方都市のような凝縮感、すなわち人間を街の基本尺度として都市計画を行ったように感じられる札幌の街が大好きです(きれいな女性が多いこともありますが)。札幌を離れる時の辛さといったら想像を絶するものでした。まじめな話,移住しちゃおうか、とも真剣に考えている日々なのです。
ではまた近いうちに。


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極私的旅行記 札幌編  ひとびと [旅行]

先週初めて北海道の地に足をおろしました。友人たちは学生時代にバイクで彼の地を旅してきましたが,私は諸事情によりこんなに遅くなってしまいました。しかし遂にその念願を果たす事ができました。

札幌在住の女性から「ベストシーズンは6、7,8月よ」と言われていましたが、ベストを外せばベストが「ベスト オブ ベスト」になるという勝手な解釈からこの時期に行く事に決めました。
どの場所でも「今年の冬は暖冬」と言われますがこの札幌の地も例外ではないようです。本州人からしても寒さは想定の範囲を超えたものではありませんでした。たまたま幸運だったからかもしれませんが….

たった3日間の短い滞在でしたが,何か自分の人生の転換点となるような事柄の大きなヒントを手に入れる事ができたように思います。

札幌では人間が本来持っているであろう心に染み渡るような「優しさ」を当地の人々からヒシヒシと感じたのでした。それは優しさのみではなく、温かさと包容力を伴うものでした。
当然の感情でありながら,なんと長い間それを感じる事なく何となく日々暮らしてきたかと思うと自分自身が情けなくなりました。大好きなイタリア人歌手の Jovanotti が歌っているように「最悪な事は何も感じなくなる事だ」まさにこれを地でいっていたのです。
自分の感受性の欠如を棚に上げ批判ばかりする。最低ですね。
大阪の人々のイタリア人のような活動的な「優しさ」も大好きですが,今の自分のひからびてしまった心には今回の旅で得る事のできた道民の人々の、決して表には出ないけれども内から滲み出てくる優しさが自分にとってすばらしい癒しとなったのです。本当にどうもありがとうございました。Vi ringrazio tanto di cuore!

彼らの温かさが、自分の心の凍ったままの扉を溶かしてくれました。そのおかげで何かある種の壁を乗り越え,自分自身一歩前進する事ができたように感じています。「ベスト オブ ベスト」の季節にまたお邪魔します!

ではまた近いうちに。


P.S.
札幌はきれいな人が多いですね。
ボッティチェッリの絵画に存在するような美しい女性(年齢的には女の子かな)を見かけ,立ちすくんでしまいました。
以前大阪で2度程経験したのみで、こんな経験は暫くしていなかったので本当に驚きです(家の近くに200万都市があるのにね)。


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Land Rover in Italia [クルマ]

すいません。諸事情により約半年間放置したままにしてしまいました。
しかし(たぶん)今後はビシバシ更新してゆく意気込みですので、ご愛読よろしくお願いします。

さて昨年11月に長い沈黙の後、私にとっての「約束の地」であるイタリアに行ってきました。仕事の関係上、
約1週間の滞在でしたがそれは有意義なものでした。中部イタリアのシエナとフィレンツェのみの滞在でしたが初めての「秋のイタリア」でしたのでそれはもう感動ものでありました。
それにしても外国人の人々が増えましたねえ。これもイタリアの「グローバル化」なのでしょうか。

それでは本題に戻りましょう。以前イタリアに住んでいたのですが,そのとき見かけるのはディスコばかりでした。たまにディフェンダーが田舎にあるぐらいで、ほとんどレインジは見かけませんでした。
たまたま下宿の下にいい感じに「朽ち」かけていたディフェンダーがいつも置いてありました。ボンネットの上にお約束のタイヤが置ありましたが、あまり乗っていないようで常に松の葉が車体を覆っているのでした。しかしそのディフェンダーが醸し出す雰囲気がすばらしいものでした。もちろん機械なのですがなぜか動物のように触れば動き出すようだったと記憶しています。後になってそのオーナーは同じ建物の住人であった事が判明しましたが。

そして今回の旅です。昨年2月にサンフランシスコでエクスペリエンスに参加したときには,街はLand Roverオンパレードでしたがイタリアではやはりフリーランダーが多く走っていました。販売台数からすると当然です。ヨーロッパでは1/2がフリーランダー、1/4がディスコそして残りをレインジとディフェンダーが半々だからです。すると米国と日本は少々特異なのでしょうか。

しかしバスでシエナからフィレンツェに移動するとき途中で Colle di Val d'Elsa に止まりました。普通のイタリアの小さな街なのですが,なんとそこでディスコ3がディフェンダーを引き連れて走り抜けてゆきました。それがピカピカではなくオフロードを普通に走ってきたような汚れ方でした。このときほどこの2台が本来の場で活躍している姿を見た事はありませんでした。暫くしたらなんとレインジが走っているではありませんか!この旅行でレインジを見たのはこの1回限りでした。フィレンツェならともかくなぜここで、と疑問が頭をもたげました。そしてフェッラーリも駆け抜け,なんという街だ!と驚愕してしまいました(が、ここで種明かし。この街にはこの周囲を統括す大きなディーラーがあるとか。でも「イタリアのお金持ちは桁外れ」なんですよ)

さて下の写真はフィレンツェのブランド通り Via de Tornabuoni で映したものです(携帯なので質はあまりよくありませんが)。当然ながら2台ともディーゼルでした。TDV8と Tdi4 でした。
いつになったらこの国でディーゼルが乗れるのでしょうか?

ではまた早いうちに。

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